タクシーの運ちゃんの話

わたしはコールセンターのアルバイトと六本木にある京料理屋のアルバイトを掛け持ちしている。六本木にはJazz barが点在しているので料理屋のバイト帰りに寄ったりすることがあるのだが、その頃にはもう22時を回っていて、気をつけていないとすぐに終電を逃すことになる。普段は全くタクシーなんて使わないのだが、終電がなくなってしまい2回ほどタクシーを利用したことがある。その2回とも、乗車中ずっとタクシーの運ちゃんの身の上話を聞かされた。そのうちの1人の運ちゃんの話。

先日、六本木のAlfieというお店に初めてお伺いし、2時をとっくに過ぎてミュージシャンの皆さんとお店のママさんと店員さんたちとでご飯を食べようということになった。食べ終わる頃には始発の時間まであと1時間というところだったが、皆さんが心配してくださったので、やはりタクシーを使って家に帰ることにした。

はじめは運ちゃんもわたしも黙っていたのだが運ちゃんは花粉症なのか、途中から鼻をすすりだした。「すみません、ちょっと鼻かませてくださいね、ごめんなさいね」と言って鼻をかみ、身の上話は突然始まった。

運ちゃんは現在73歳で、もともとはトンネルをつくる工事の仕事をしていた。定年退職し、釣りが大好きなので下田に引っ越して船を一艘買い、鯵や金目鯛を釣ったりしながらのんびり暮らしていた。ところがある日彼の友人から電話が掛かってきて、運命の目盛りはかたんと音を立てて動いた。

運ちゃんの友人はD社という会社に勤めていたのだが、事業に失敗して1億円以上の借金をしてしまい、職を失ったのでタクシーの運転手を始めたという。他にもタクシーの運転手になってくれる人を紹介し、実際に働いてくれればマージンとして諸々含め50万円ほどが手に入るので、俺を救うと思ってお前もタクシーの運転手になってくれ頼む、と懇願されたのだ。

どうせ定年後で釣りくらいしかやっていないし、まぁいいかと運転手の仕事を始めたのだそうだ。その後運ちゃんの友人はどうなったのですかと聞くと
「分からない。でもきっと、何かあったんだと思う。」
彼は少し暗い声で言った。

「俺はお金なんか沢山あったってしょうがないと思うよ。一時期お金持ちだったこともあったけれど、お金は人の気持ちを変える。何十年もの付き合いだった友達に大金を貸してくれと言われて、書類もなにも作らずにポンと貸したら、その後「そんなもの借りてない」とシラを切られて、友情が終わった、なんて事もあった。きみも人にお金を貸したり、保証人になったりするのはやめたほうがいい。お金に人生を振り回されないように気をつけないとな」

そりゃ船を買ったりするくらいなんだから、お金持ちだったのだろう。


家の付近に着く頃、また運ちゃんが話はじめた。

「やっぱり俺は釣りが好きなんだ。下田の魚は最高だよ。良かったらきみにも分けてあげる。何人家族?」

「え?えぇと、わたしを入れて4人ですが」

「そうか。釣れたら鯵10匹くらいと金目鯛も家に送ってやるから、また連絡するよ。待っててな」
そう言うと、運ちゃんはわたしの電話番号を聞いて、アドレス帳に登録した。

「お忘れ物ないように」








家にいきなり鯵と金目鯛が届いたら、家族が驚くだろうな。
タクシーを降りて、うちには猫も1匹いますと伝えるのを忘れていたことを思い出した。煮干しなんかも貰えたかもしれないのにね。

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